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執筆者の写真Aiko Sada

アファーマティブアクションの議論を読んで思うこと

更新日:2020年6月25日

連日のアファーマティブアクションの議論に関して、当事者世代、女性でかつ最近独立したばかりなので、どう発言するか悩んでいたのですが。Twitterだと文字数が限られていて、誤解を生みやすいのでブログで。アファーマティブアクションそのものに対する方策、というよりは、皆さんの議論を読んでいて、女性研究者、若手研究者として、現状や日々思うことを、つらつらと。


はじめに、一つだけお願いしたいのは、アファーマティブアクションで採用された女性研究者本人に対して、心ない批判、過剰なjudgement、陰口を言うのだけはやめてほしい。言われた本人が削られるのもそうだけど、それを見ている周りの女性研究者、特により若い世代の女性たちが、自信をなくし、人間不信になっていくので。


制度として改善の余地があるのならば、男女ともに、きちんと情報を集め、納得するまで話し合って、より良い制度へ変えていけばいいし、それが次世代へとつながる。こういう活動はエフォートは取られるが、自分のためではない。サイエンスを愛する研究者の誰もが、不当な評価を受けたり、嫌な思いをしたり、孤立したりすることのない、よりよいコミュニティを作るため。それが良いサイエンスを生むことにつながる。今回勇気を出して声を上げてくれた方々、この課題に本気で取り組んでいる方々、反対意見も含め意見を述べてくれた方々には、心から感謝です。


日本のアカデミアの若手研究者のおかれている環境は、ものすごく不安定で、人事も不透明。先が見えないし、能力や成果が正当に評価されていない場合も多く、全体的に閉塞感が漂っている。研究費や環境が十分ではないのに成果は短期間に求められ、年齢制限も厳しい。その中で家族を支えるプレッシャー。ライフイベントとの両立。子育てに時間が取られることで思うように研究にエフォートを割けず、結果が出せない焦りと不安。若手の独立ポジションも少なく、多大なストレスの中研究している人も多数。やたら皆多忙で疲れていて、余裕がない。


女性研究者で、かつ若手研究者である私は、当事者として、ダイバーシティの推進も、若手研究者の環境改善も、セットで考えていかないといけないと切に思う。なので、今色々と声をかけてもらっている活動には、きちんと貢献して、声を上げていこうと思う。Twitterを始めたのもそんな思いから。生の声を集めたい。そして、制度を変えられる人たちに届けたい。それによって、今の学生さんの世代やその下の世代が、幸せに研究を楽しめる環境が少しずつでも整っていくように。


なぜキャリアが進むにつれ、女性研究者の割合が減ってしまうのだろう。女性のキャリア推進を阻んでいるのは何?どうしたら改善できる?日本では、世界と比べて、こんなに女性研究者の割合が低いのはなぜ?アファーマティブアクションは、上の世代の研究者がエフォートを割いて議論に議論を重ね、今の形になったと理解している。でももちろんこれからもアップデートしていかないといけない。


現状、女性蔑視の発言をする人は、まだまだ多くて、自分自身が言われることもあるし、誰か別の女性研究者に言っている声も耳に入る。アメリカで5年間ポスドクをやって帰国して、改めてこの状況を見ると、やはり異常に感じる。本人が全く悪気なく言っているケースも多くて、アンコンシャスバイアス、なんだろうけど、そこに気づいている人が少ないんじゃないかな。自分は女性だけど、日本で生まれ育ったので、自分自身もバイアスがあって、海外の研究者と話していると、自分の感覚のズレに気づかされる。もっと勉強が必要。


ちなみに私自身は、女性限定公募で採用されたわけではない。今のポジションは独立PIだけど、パーマネントではない。「どうせ女性枠でしょ?」「今の時代は女性が得でいいよね」とは本当によく言われる。「女を使っておねだり」云々のニュアンスを含んだ発言を受けることも。女性研究者はおそらく私だけでなく多くの人がこのような雑音に悩まされながら日々を過ごしているのではないかと思う。女性研究者を採用している側の人間も、若手の男性研究者に向かって「本当は君を取ってあげたいんだけど、仕方ないんだよ。今は上がうるさいから女性を取らなきゃいけなくて」などと説明している姿を見かけるので、若手の男性 vs 女性の対立が生まれやすくなっているのだとも思う。ダイバーシティの推進を真剣に考え、真に理解している人が、そもそも少なすぎるのだと感じる。特に、決定権のあるポジションにいる人が意義を理解しているのとしていないのでは、結果が変わってくる。


研究分野的には、皮膚の幹細胞をやっているので、世界的に見たら、女性がすごく多い。ゴードン会議などにいくと、参加者もスピーカーも女性が半数以上。こういう環境だと「女性」という属性で見られず「佐田亜衣子」という一個人として扱われるので、普通にしてていいんだなと思い、気が楽。どうしても日本の学会などで話すときは、女性であるだけで目立ちすぎている気がして、つい気負いを感じてしまう。


ダイバーシティ推進がだいぶ進んでいると思っていたアメリカでさえ、「女性は妊娠するからポスドクで取りたくない」と出産したばかりの女性ポスドクの私に言ってくる若手PI(自分のボスではないです)、「女性PIはヒステリーで細かいからやりにくい」と言う女性PIのもとで働く学生やポスドクが、今の時代に存在したりする。私が参加するゴードン会議ではいつもPower hourがあって、様々な課題を共有して議論する。日本と比べると30年くらい先にいっているような印象も受けるが、それでもまだ議論を重ねる。きっとこうやってよりよいコミュニティを全員で作る努力をしている。「そんなに海外がよければ海外に残ればよかったのに」などと言われることもあるが、私が心地よいと考えるアメリカの研究コミュニティも自然に出来上がったものではない。皆の努力で作られているもの。私は、悩んだ末に、日本に帰る決断をし、覚悟を持って日本に帰ってきたので、日本のコミュニティを改善する努力をする。


自分の人生は、自分で決めるもの、というのは私の信条で、女性研究者にロールモデルが必要なのかが、いまいちピンときていなかったのだけど、私は、修士・博士課程、ポスドク、助教時代、女性PIの研究室に所属し、女性研究者が活躍する姿や苦労する姿を身近で見てきた。女性が研究者として成功することが「珍しいこと」ではないという認識を持てたこと、また同じ女性であっても研究室の運営や研究のスタイルは一人一人違うのだという当たり前のことに気づけたことは、財産だと思う。


あと、周囲に反対されつつも、ポスドクで一度海外に出てみたのはよかったかな。私の業績や能力は同じなのに、日本でしか言われない批判や過小評価が確かに存在している気がして、それはもしかすると日本社会特有の女性に対するバイアスからくるものなのかもしれないと、気づくことができる。逆に、女性研究者ゆえの、謎の絶賛もあるよね。そこには「女性なのにすごい」という意味合いが含まれて、褒められているのだろうけど複雑。


現所属の熊大も女性PIが驚くほど少ないけれど、同僚は研究分野が近いこともあり、きちんと私の研究そのものをフェアに評価してくれていると感じるし、温かく仲間に入れてくれている。とてもありがたいし、幸運なのだと思う。だから、周囲の雑音に対して必要以上に卑屈にならず、孤立せず、迷わず、前向きに、自分らしく、しっかりと研究で結果を出そうと思う。


佐田

(本ブログ記事は、私個人の意見であり、所属組織や研究者全員の見解を示すものではありません。)

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